ちぇー、しまったなあ。早まったかなあ。
まあ、始めてしまったものなので、ひっそりと続けています。本職が訳したものはもっときちんとなっていることでしょうw
ちなみに、先の解説、たんぽぽ娘の引用先としてCLANNADも挙げられていました。思わず本を読みながらニヤリ。
*
二度目の午後、彼女は青いドレスを身にまとっており、同じく青色の小さなリボンが、たんぽぽ色の髪にとてもよく似合っていた。丘の上まで上り詰めた後、喉が詰まるように感じるのを身動きせずしばらくじっと待ち、風に揺られる彼女の横に並んだ。しかし、彼女の緩やかなカーヴを描く喉から顎にかけてのラインを見ると、再び息が詰まるようになるのを彼は感じた。彼女は振り返って言う。「こんにちは。もう来ないかと思ったよ」。その言葉に答えるのに、彼は時間を要した。
「でも僕は来た」やっとのことで告げる。「そして君も」
「うん」彼女は言う。「うれしいよ」
そばにあったむき出しの花崗岩でできた天然のベンチに腰掛けると、二人は眼下を見下ろした。彼はパイプに火をともし、風の中に煙を吐き出した。「私のお父さんもそうやってパイプを吸うな。火をつけるときにね、そうやってパイプを手で覆うようにするの。風もないのに。なんか、お父さんといろんなとこが似てるわ」
「お父さんの話をしてくれないかな。君の話も」
彼女は話し始めた。自分の年が21歳になること、父親が引退した政府の物理学者であるということ。彼等は2040th通りの小さなアパートに暮らしているということ。母親は4年前に他界しており、彼女が家事をしているということ。その後は、彼の話す番になった。アンとジェフのこと――いつかジェフを仕事のパートナーに迎えたいと考えていること、妻が写真に絶対に写りたがらないこと、それは結婚式の日から始まり、今に至るまでずっと変わらないこと。そして去年の夏に3人で過ごしたキャンプ旅行の素敵な時間…。
彼が話し終えると、ジュリーが言う。「いい家族と暮らしてるのね。ああ、1961年って、暮らすには最高の年なんだわ!」
「タイムマシンが自由に使えるなら、好きな時間に行けるんだろ」
「そう簡単にはいかないわ。実際にするかどうかは別にして、私はお父さんのそばを離れられないの。時空警察って問題があるからね。時間旅行はね、政府に認められた歴史的な探索にしか許されていないの。一般人には縁のないものなのよ」
「難なくやってるように見えるけどな」
「それは、お父さんが自分でマシンを発明したから。時空警察はこのことを知らないわ」
「じゃあ法に触れてるのか?」
彼女はうなずく。「でもね、彼らには自分たちの時の概念しか目に入ってないのよ。私のお父さんの考えは違う」
彼女の話が真実であるか。それはとるに足らないことだった。彼女の話がどれほど途方もないものであったとしても、彼女の話を聞くのは、それだけで心地よかった。
「続けて」
「まず、公的な見解を話しておかないと。時間にかかわる人たちは、皆過去に干渉すべきではないと考えているわ。でないと、過去への干渉がパラドクスを引き起こして、未来の出来事を改編してしまうから。だから、時間旅行に旅立つのは許可された人物に限られているし、警軍が歴史家のふりをして興味本位で時間旅行をしたがる人たちを取り締まっているわけ。自由にいろんな時代を行き来できるのは彼らだけね。
でもね、お父さんの考えはこうなの。時のシナリオはすでに書かれている。マクロ宇宙的な視点で見れば、まあお父さんの受け売りなんだけど、すべてすでに起こったことであると言うのよ。未来の人間が過去の出来事にかかわったとしても、それは出来事の一部でしかない――それは最初から決まっていたことだから――だからパラドクスは起こり得ないというのね」
マークは新しい煙草がほしくなり、パイプに詰めなおした。
「君のお父さんは面白い人だな」
「ほんとよっ!」
彼女は夢中になり、頬を上気させていた。彼女の両眼は蒼い輝きをたたえている。
「ランドルフさん、お父さんが今まで読んだ本の数なんて、聞いても多分信じられないわよ。うちのアパートなんて、もうほんとにあふれ返ってるんだから! ヘーゲルにカントにヒューム。アインシュタインにニュートンにヴァイツゼッカー。私も…、私もね、いくつかは読んだの」
「ああ、それなら持ってるな。僕も読んだよ」
彼女はぐっと彼の顔を見詰める。「すごいじゃん、ランドルフさん。私たち、きっと趣味合うよ」
そしてそれは、続く会話が証明していた。それは超越論的審美学についてであったり、バークレイズムやら相対性理論で、9月の丘の上で男女が語るにはまったく似つかわしいものではなかったのだが。しかもそれが44歳の男と21歳の女の子なのである。だが、彼らにはそれを埋めるものがあった。超越論的審美学に関する議論は対象をいろいろと移していき、アプリオリ(先天的)かつアポステリオリ(後天的)な結論よりも、彼女の両眼に輝くミクロ宇宙的な星々を導き出した。バークリーに対する批判は、その善良な聖職者の生来の弱点より強く、彼女の薄桃色の頬を際立たせた。相対性理論に対する考察は、Eがmcの2乗に等しいことに増して、知識があることが女性的な魅力に対して障害にならないことを論証づけていた。
その一時の感覚は、彼がベッドに入った後もしばらく続いていた。今回は、彼は悪いこととは思いながら、アンのことを思い出そうとさえしなかった。暗闇の中で、その代わりにさまざまな思いが浮かんでは消えた。――そしてそれらはすべて、たんぽぽ色の髪をして、九月の丘の上にいた少女に関係していた。
おとといは兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた。…
次の朝、彼は村の郵便局まで車を走らせ、手紙が届いていないかを確認した。手紙は届いていなかったが、それに驚きを感じることはなかった。ジェフは自分と同じくらい筆不精だったし、アンは恐らく外界との接触を制限されているだろう。また、彼は習慣として、緊急の用件での連絡しか秘書に許していなかった。
マークは、この辺りにデンヴァースという名の家族が住んでいないか、しわだらけの郵便局長に尋ねようかと考えた。しかし、それはしないことに決めた。そんなことをすればジュリーが丁寧に作ったお話を台無しにしてしまうことになるのかもしれない。ただ、彼はそんな作り事の効力を重んじてはいなかったし、心がそれで揺らぐとも思えなかった。
その日の午後、彼女はその髪と同じ色合いの黄色いドレスに身を包んでおり、そんな彼女の姿を見ると、彼は再び息を呑むはめに陥り、しばらく話しかけることができなかった。しかし、ひとたび話し始めるとそんな気持ちは消え、思考がさながら2つの奔流のように、午後の涸れ谷を流れていった。別れ際に彼女が残した言葉、「また明日も会えるかな?」――これは彼の言葉を真似たものだったのだが――は、森を抜けてキャビンに戻り、ポーチでパイプをふかした後眠りにつくまで、彼の耳に歌声のように響いていた。
次の日の午後、丘の上には誰もいなかった。一旦落胆したものの、彼女は遅れているのだろう、すぐに丘を上がってくるに違いないと考え直した。花崗岩のベンチに腰を下ろして彼女を待つことにしたが、一向に姿は現さなかった。数分が過ぎ、数時間が過ぎ…、森から伸びた影が丘に差し掛かっていた。あたりの空気が冷たくなってきたところで待つのをあきらめ、失意のままキャビンへの帰路についた。
次の日の午後も、彼女は現れなかった。その次の日も。彼は寝食を忘れてしまっていた。釣りをする気にはなれなかったし、本を読むこともできなかった。そんななかで、彼は自分が恋の病にかかった学生か、あるいは可愛らしい顔や美しい脚に反応する世間の四十男のようになっていると嫌悪を感じていた。数日前までは他の女性に興味を示すこともなかった彼が、ここで過ごした一週間たらずのうちに、彼女に一目ぼれをしていたのだ。
失ったはずの希望が、4日目に丘に登って彼女を陽光の下に見つけたとき、彼の中で息を吹き返すのがわかった。今日は黒いドレスを身に着けており、彼は彼女の不在のわけを考えるべきだったのだが、丘の上で再び彼女を目にするまで、それに思い至ることはなかった。彼女は、涙をこぼしながら唇を震わせていた。
「ジュリー、どうしたんだ?」
彼女は彼にすがりつき、彼のコートに顔をうずめて肩を震わせながら言った。
「父さんが死んだの」
そして彼は、その涙が通夜や葬儀の時にも流れることはなく、今ここで初めて流されているものだと分かっていた。
彼は彼女に優しく腕を回し、ついぞキスをしなかった彼女の額に唇で触れ、軽く髪をなでた。
「すまない、ジュリー。君がどんな思いをしたかわかるよ」
「お父さんはね、自分が長くないと知っていたの。多分、ラボでストロンチウム90の実験をしていた時からわかっていたんだわ。でも、彼は誰にも…、私にもそのことを言わなかった…。私、何のために生きていけばいいの? お父さんがいなくなってしまったら、もう何も残っていないわ、何も、何も!」
彼は彼女をきつく抱いた。「それのために生きようと思える何かが、あるいは誰かがきっと見つかるさ、ジュリー。君はまだ若い。君はまだ子どもだ。だろ?」
彼女の顔が不意に向けられたかと思うと、彼をきっと見詰める目にもう涙は残っていなかった。
「私は子どもじゃないわ! 子どもだなんて言わないでよ!」
驚きのあまり、彼は手を離して後ずさってしまう。そんな彼女の怒りの表情を見たことはなかった。
「いや、そんなつもりじゃ…」
彼女は、突然見せた怒りの感情をもう収めているようだった。
「別に私を傷つけるために言ったんじゃないのはわかってるけどね、ランドルフさん。でも、私は子どもじゃないし、子どもでいたくないと思ってるの。だから二度と子ども扱いしないで」
「ああ、わかった。約束する」
「さて、もういかないと。やらなきゃいけない事がいっぱいあるの」
「また…、また明日会えるかな?」
彼女は長いこと彼を見ていた。夏の突然の雨が上がった時のように、濡れた彼女の青い瞳がきらきらと輝いていた。
「タイムマシンがね、壊れてしまったの」彼女は言う。「いくつかパーツを取り替えなければいけないんだけど、どうやればいいのか…。私たちの…、私のマシンでは、あと1回時間旅行ができるかどうか」
「でも、来るつもりなんだろう?」
彼女はうなずく。「うん、やってみるつもり。でね、ランドルフさん?」
「ん、なに?」
「もし二度と会えなかった時のために、これだけは覚えておいて。…あなたが、好きです」
−−−
ぐはっ、自分で書いてて恥ずかしくなるわっ!
たまらんですなあ、これ。
テキストに落としておくよりも読みやすいようにレイアウトできるんで、と始めた訳出作業ですが、だいぶ長くなってしまいました。
でもまだもうちっとだけ続くんじゃ。
【「たんぽぽ娘―“Dandelion girl”を読む作業(3)」へ続く】
二度目の午後、彼女は青いドレスを身にまとっており、同じく青色の小さなリボンが、たんぽぽ色の髪にとてもよく似合っていた。丘の上まで上り詰めた後、喉が詰まるように感じるのを身動きせずしばらくじっと待ち、風に揺られる彼女の横に並んだ。しかし、彼女の緩やかなカーヴを描く喉から顎にかけてのラインを見ると、再び息が詰まるようになるのを彼は感じた。彼女は振り返って言う。「こんにちは。もう来ないかと思ったよ」。その言葉に答えるのに、彼は時間を要した。
「でも僕は来た」やっとのことで告げる。「そして君も」
「うん」彼女は言う。「うれしいよ」
そばにあったむき出しの花崗岩でできた天然のベンチに腰掛けると、二人は眼下を見下ろした。彼はパイプに火をともし、風の中に煙を吐き出した。「私のお父さんもそうやってパイプを吸うな。火をつけるときにね、そうやってパイプを手で覆うようにするの。風もないのに。なんか、お父さんといろんなとこが似てるわ」
「お父さんの話をしてくれないかな。君の話も」
彼女は話し始めた。自分の年が21歳になること、父親が引退した政府の物理学者であるということ。彼等は2040th通りの小さなアパートに暮らしているということ。母親は4年前に他界しており、彼女が家事をしているということ。その後は、彼の話す番になった。アンとジェフのこと――いつかジェフを仕事のパートナーに迎えたいと考えていること、妻が写真に絶対に写りたがらないこと、それは結婚式の日から始まり、今に至るまでずっと変わらないこと。そして去年の夏に3人で過ごしたキャンプ旅行の素敵な時間…。
彼が話し終えると、ジュリーが言う。「いい家族と暮らしてるのね。ああ、1961年って、暮らすには最高の年なんだわ!」
「タイムマシンが自由に使えるなら、好きな時間に行けるんだろ」
「そう簡単にはいかないわ。実際にするかどうかは別にして、私はお父さんのそばを離れられないの。時空警察って問題があるからね。時間旅行はね、政府に認められた歴史的な探索にしか許されていないの。一般人には縁のないものなのよ」
「難なくやってるように見えるけどな」
「それは、お父さんが自分でマシンを発明したから。時空警察はこのことを知らないわ」
「じゃあ法に触れてるのか?」
彼女はうなずく。「でもね、彼らには自分たちの時の概念しか目に入ってないのよ。私のお父さんの考えは違う」
彼女の話が真実であるか。それはとるに足らないことだった。彼女の話がどれほど途方もないものであったとしても、彼女の話を聞くのは、それだけで心地よかった。
「続けて」
「まず、公的な見解を話しておかないと。時間にかかわる人たちは、皆過去に干渉すべきではないと考えているわ。でないと、過去への干渉がパラドクスを引き起こして、未来の出来事を改編してしまうから。だから、時間旅行に旅立つのは許可された人物に限られているし、警軍が歴史家のふりをして興味本位で時間旅行をしたがる人たちを取り締まっているわけ。自由にいろんな時代を行き来できるのは彼らだけね。
でもね、お父さんの考えはこうなの。時のシナリオはすでに書かれている。マクロ宇宙的な視点で見れば、まあお父さんの受け売りなんだけど、すべてすでに起こったことであると言うのよ。未来の人間が過去の出来事にかかわったとしても、それは出来事の一部でしかない――それは最初から決まっていたことだから――だからパラドクスは起こり得ないというのね」
マークは新しい煙草がほしくなり、パイプに詰めなおした。
「君のお父さんは面白い人だな」
「ほんとよっ!」
彼女は夢中になり、頬を上気させていた。彼女の両眼は蒼い輝きをたたえている。
「ランドルフさん、お父さんが今まで読んだ本の数なんて、聞いても多分信じられないわよ。うちのアパートなんて、もうほんとにあふれ返ってるんだから! ヘーゲルにカントにヒューム。アインシュタインにニュートンにヴァイツゼッカー。私も…、私もね、いくつかは読んだの」
「ああ、それなら持ってるな。僕も読んだよ」
彼女はぐっと彼の顔を見詰める。「すごいじゃん、ランドルフさん。私たち、きっと趣味合うよ」
そしてそれは、続く会話が証明していた。それは超越論的審美学についてであったり、バークレイズムやら相対性理論で、9月の丘の上で男女が語るにはまったく似つかわしいものではなかったのだが。しかもそれが44歳の男と21歳の女の子なのである。だが、彼らにはそれを埋めるものがあった。超越論的審美学に関する議論は対象をいろいろと移していき、アプリオリ(先天的)かつアポステリオリ(後天的)な結論よりも、彼女の両眼に輝くミクロ宇宙的な星々を導き出した。バークリーに対する批判は、その善良な聖職者の生来の弱点より強く、彼女の薄桃色の頬を際立たせた。相対性理論に対する考察は、Eがmcの2乗に等しいことに増して、知識があることが女性的な魅力に対して障害にならないことを論証づけていた。
その一時の感覚は、彼がベッドに入った後もしばらく続いていた。今回は、彼は悪いこととは思いながら、アンのことを思い出そうとさえしなかった。暗闇の中で、その代わりにさまざまな思いが浮かんでは消えた。――そしてそれらはすべて、たんぽぽ色の髪をして、九月の丘の上にいた少女に関係していた。
おとといは兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた。…
次の朝、彼は村の郵便局まで車を走らせ、手紙が届いていないかを確認した。手紙は届いていなかったが、それに驚きを感じることはなかった。ジェフは自分と同じくらい筆不精だったし、アンは恐らく外界との接触を制限されているだろう。また、彼は習慣として、緊急の用件での連絡しか秘書に許していなかった。
マークは、この辺りにデンヴァースという名の家族が住んでいないか、しわだらけの郵便局長に尋ねようかと考えた。しかし、それはしないことに決めた。そんなことをすればジュリーが丁寧に作ったお話を台無しにしてしまうことになるのかもしれない。ただ、彼はそんな作り事の効力を重んじてはいなかったし、心がそれで揺らぐとも思えなかった。
その日の午後、彼女はその髪と同じ色合いの黄色いドレスに身を包んでおり、そんな彼女の姿を見ると、彼は再び息を呑むはめに陥り、しばらく話しかけることができなかった。しかし、ひとたび話し始めるとそんな気持ちは消え、思考がさながら2つの奔流のように、午後の涸れ谷を流れていった。別れ際に彼女が残した言葉、「また明日も会えるかな?」――これは彼の言葉を真似たものだったのだが――は、森を抜けてキャビンに戻り、ポーチでパイプをふかした後眠りにつくまで、彼の耳に歌声のように響いていた。
次の日の午後、丘の上には誰もいなかった。一旦落胆したものの、彼女は遅れているのだろう、すぐに丘を上がってくるに違いないと考え直した。花崗岩のベンチに腰を下ろして彼女を待つことにしたが、一向に姿は現さなかった。数分が過ぎ、数時間が過ぎ…、森から伸びた影が丘に差し掛かっていた。あたりの空気が冷たくなってきたところで待つのをあきらめ、失意のままキャビンへの帰路についた。
次の日の午後も、彼女は現れなかった。その次の日も。彼は寝食を忘れてしまっていた。釣りをする気にはなれなかったし、本を読むこともできなかった。そんななかで、彼は自分が恋の病にかかった学生か、あるいは可愛らしい顔や美しい脚に反応する世間の四十男のようになっていると嫌悪を感じていた。数日前までは他の女性に興味を示すこともなかった彼が、ここで過ごした一週間たらずのうちに、彼女に一目ぼれをしていたのだ。
失ったはずの希望が、4日目に丘に登って彼女を陽光の下に見つけたとき、彼の中で息を吹き返すのがわかった。今日は黒いドレスを身に着けており、彼は彼女の不在のわけを考えるべきだったのだが、丘の上で再び彼女を目にするまで、それに思い至ることはなかった。彼女は、涙をこぼしながら唇を震わせていた。
「ジュリー、どうしたんだ?」
彼女は彼にすがりつき、彼のコートに顔をうずめて肩を震わせながら言った。
「父さんが死んだの」
そして彼は、その涙が通夜や葬儀の時にも流れることはなく、今ここで初めて流されているものだと分かっていた。
彼は彼女に優しく腕を回し、ついぞキスをしなかった彼女の額に唇で触れ、軽く髪をなでた。
「すまない、ジュリー。君がどんな思いをしたかわかるよ」
「お父さんはね、自分が長くないと知っていたの。多分、ラボでストロンチウム90の実験をしていた時からわかっていたんだわ。でも、彼は誰にも…、私にもそのことを言わなかった…。私、何のために生きていけばいいの? お父さんがいなくなってしまったら、もう何も残っていないわ、何も、何も!」
彼は彼女をきつく抱いた。「それのために生きようと思える何かが、あるいは誰かがきっと見つかるさ、ジュリー。君はまだ若い。君はまだ子どもだ。だろ?」
彼女の顔が不意に向けられたかと思うと、彼をきっと見詰める目にもう涙は残っていなかった。
「私は子どもじゃないわ! 子どもだなんて言わないでよ!」
驚きのあまり、彼は手を離して後ずさってしまう。そんな彼女の怒りの表情を見たことはなかった。
「いや、そんなつもりじゃ…」
彼女は、突然見せた怒りの感情をもう収めているようだった。
「別に私を傷つけるために言ったんじゃないのはわかってるけどね、ランドルフさん。でも、私は子どもじゃないし、子どもでいたくないと思ってるの。だから二度と子ども扱いしないで」
「ああ、わかった。約束する」
「さて、もういかないと。やらなきゃいけない事がいっぱいあるの」
「また…、また明日会えるかな?」
彼女は長いこと彼を見ていた。夏の突然の雨が上がった時のように、濡れた彼女の青い瞳がきらきらと輝いていた。
「タイムマシンがね、壊れてしまったの」彼女は言う。「いくつかパーツを取り替えなければいけないんだけど、どうやればいいのか…。私たちの…、私のマシンでは、あと1回時間旅行ができるかどうか」
「でも、来るつもりなんだろう?」
彼女はうなずく。「うん、やってみるつもり。でね、ランドルフさん?」
「ん、なに?」
「もし二度と会えなかった時のために、これだけは覚えておいて。…あなたが、好きです」
−−−
ぐはっ、自分で書いてて恥ずかしくなるわっ!
たまらんですなあ、これ。
テキストに落としておくよりも読みやすいようにレイアウトできるんで、と始めた訳出作業ですが、だいぶ長くなってしまいました。
でもまだもうちっとだけ続くんじゃ。
【「たんぽぽ娘―“Dandelion girl”を読む作業(3)」へ続く】
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